はじめての穏やかな年末年始の回
しゅうごう〜♡かわいいさんたち✨
弟氏が連れてきた、ごんちゃん🦊の隣にいる黄色い子は、しっぽうちゃん🦊という25年前くらいから弟とあちこちに移住してるフレンズです。
尻尾にチャックがあって潰れたヒヨコがいたんだけど、まだ入っていて「あーーーっまだいらした!!」と大発見みたいな大騒ぎしました😂なんだそれ
ちょっと大きさが似ていて可愛い。ぽこちゃん🦊としっぽうちゃん🦊
うちは宮城や色んなオリジナル要素のある大晦日で、1年で一番謎に豪華な食事の日なんですね
というわけでよほどのことがない限りなるべく食事だけはみんな食べに来ます。
まぁみんな歳を重ねたしだいぶスマートにしてきてるんですけどねぇ
弟氏は茶碗蒸し係で、今年は出汁あんかけで美味かったです。さすがやで
私は20時くらいに帰宅して、なんか眠すぎて寝ちゃいましたわ…22時には寝ちゃっての年越し。小学生か。
なんだか人生で一番穏やかな年末年始となったんですね。こんな日が来るとは思わなくて、ぽんにゃりしちゃって寝ちゃったなぁて感じでした。
こんな数値初めて見た!!
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朝も集合して、またまたオリジナルの謎雑煮。
鮎で出汁を取り大根と人参とセリが千切りになっているオリジナル。たぶんじいちゃんの家付近だけなんじゃないか?
美味しいんだこれが…
私は脹脛がまだ筋肉痛のように痛くて歩くのが大変なので、今年は元朝参りは離脱。代わりに送迎して寝てました。
つくたべの最終回だけ録画されておらず寝てました。
迎えに行ってファーストフード店でお茶。
ちょっとした荷物が増えてしまったので、県内のマンションを買って住んでる弟氏を車で送ることに。
私も暇なんで同行しました。
着ない服とかくださーいってね
オシャレなマンションで、素敵だったなー。
マンション暮らしもいいかもしんないが、都会には住めんな…不便なのと地元がやっぱり好きなので
帰りは父氏に色々と去年大変だったことなどを話して、今年はゆっくり休もうと思うよ〜そうしな〜みたいな話をまったりしてました。
1年前の今頃はまだ適応障害になったことも休職してることも話すのなんて無理だと思ってたんで、こうやって穏やかに寄り添ってもらえる日が来るなんて思ってもなかったなぁ。
じいちゃんは色々と心配性で具合悪くするタイプなので、まぁ言わんでいいかなということで。
割と静かに怯えてたんですが、人生で一番穏やかな年末年始でした。こんなこともあるんだねぇ。
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弟氏とはお互いしかしらない生きる上での価値観を伝えあってるんですが、近しいのにわかりあえなくてしんどいみたいなのがありましてね。
今回私が両親と弟の前で自分の診断のことや発達障害や定型発達と非定型発達の違いなどを説明したんですよね、大晦日のご飯のあとに。
みんななかなか理解出来ないらしい。そらそうでしょうね、話したことなかったもんな…
「まず今あなた方が言った "そんなの誰にでもあることでしょー" というのは、定型発達あるある発言なんですよ。非定型発達の人たちはそういう言葉に傷ついて、マイクロアグレッションて言うんですけど、困りごとがお互いにあるよねと理解してるからそんなこと言わない。まぁ他人には言っちゃう人もおるが…」
と話したら、目から鱗みたいな顔してました。
私は地元の精神科のWAIS-Ⅳという知能検査やDSM-5とICD-10という基準では発達障害ではないと言われたけど、ASDかADHDかと思ってずっと生きてきたから、ライフハックを得てきてなんとか生きている。
然るべき病院で検査したら、恐らくASDやディスカリキュア(算数障害)は出る可能性が高いと思ってるよ。
脳の構造の問題なので先天性だけど、顕著な困りごとになるのが大人になってからということも多い。
ストレスや事故などで後天的な脳の機能の変異による障害もあるけど、それはまた発達障害と別であること。
はぁーなるほど、と言われたけど
よく考えたらここまで説明したこと、というか話させてもらえる機会がこれまでなかったのかもしれない。
私には発言力が無かったからね、なんか蔑まれていたし。
もしかしたら家族は要領が悪い私のことが苛立つ存在で、グレーゾーンであれ多少なりとも非定型発達的な傾向がある故だとわからないから、お互いにわからないまま信用しきれないまま、だけど家族としてなんとかしないといけないから「あなたのためを思って」という注意が多かったのかもしれない。
私は恐らく家族にあまり心を開いておらず、大事なことや好きなことほど隠していた。蔑まれたくないから。
2022年の2月に隠しきれなくなって仕方なく適応障害で休職していることを話したのが、もしかしたら大きな転機だったのかもしれない。
40年近く生きてきてるのにね。そうさせてくれなかった家族というのもあると思うんだよね。
なんというか機能不全家族は人権的な倫理観が欠けてることが多いと思うけど、うちみたいに障害や疾病への理解が乏しいことで起こってる可能性もあるなぁとぼんやり思ったのでした。
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嬉しかったのは、弟が私に会うなり
「その髪型、超いいねー!」
と言ってくれたことでした。
内心なんて言われるかビクビクしてたんですが、別の部屋で他の家族にも「すごいいい髪型で似合うよねー!」と言ってて「おおお…!?」となりました。
今のジェンダーアイデンティティはノンバイナリー及びAジェンダーであることは特に言わなかったけど、恐らくそのあたりは知らなそうだしまたいつかでいいかなと思ったりして。
母が予め言ってたのか本人の意志でなのかはわからないけど、私のことは「ねえちゃん」とは呼ばなかった気がする。
小さいときは名前を呼び捨てされるのが癪だったけど、大人になってからたまに名前で「○さん」と言われるのは心地よかったのを覚えてる。
たぶんこの2日は「○さん」と呼んでた。少なくとも私と居る場では。
あとみかんさん🦊も可愛がってくれて嬉しかった!
わしのことはキツネのオヤブンと呼びなさい、とか色々言ったりしたね。
元朝参りのあと合流して、LINEで簡単にしか話していなかった退職の最悪ゴタゴタ事件や体調のことなどを話したりした。
反差別の話とかはしなかったけど、なんかこう、去年までとは違うピリツキもなかった気がする。
こんな関係にまたなれるとは思ってなかったから良かった…
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弟のマンションはオシャレで格好良かった。
羨ましいというよりは「私はこういう所には住めねぇなぁ」という気もあり(使いこなせないし金がない)、単純にいい家を買えて良かったねぇになったかな。
あと弟と別れる前に、歩道を走ってた少年らしき子がリュックのチェストベルト?にカワウソのぬいぐるみを挟んでて、あまりのかわいさに二人で「キャー♡♡」となり、その後お母さんとハグしてて「キャー♡♡」とキャッキャしたの楽しかったな。
全部アイコンタクトで「ワァーー♡」てやってた。おもろ。
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人生でここまでぽんにゃりしつつ、程よい家族関係になれた年末年始があっただろうか…
特に父と弟には話してないことも多いけど、以前のような私を貶すような視点は無いように感じたのは初めてだった。
そもそもそういう態度をするんじゃないって話だけど、そこが機能不全家族だなと感じるゆえなので。
嬉しいと同時に今までの蔑み態度はなんだったの?になるわけですけども、まぁ結果オーライかな。
思い返せば私も私自身のことを何も話さなかったし、話したところでマイクロアグレッションされて終わり、みたいなところがあったからなんだけど。
ばあちゃんの介護も施設に入って落ち着き、両親も退職し、じいちゃんもまぁそこそこ元気で、
弟もマンションを買って大手に転職し、
私も休職はしてるけどなんとかやっていたという実績が信頼に変わったんだろうと思う。
家族だからと全部話す必要もないと思うし、そういう相手は私にはインターネットフレンズにいるわけだし。
辞めた会社のお客さんたちからもたくさん色々なことを教えてもらったし、利用者さんにも教えてもらった(会社とスタッフはクソ)
今は精神科の医師やカウンセラーさんもいる。
やっぱり家族以外のところで自分で構築した人間関係のおかげで生きてるんだろうなとは思うわけですね。
あとは確実に、みかんさん🦊やごんちゃん🦊、ぽこちゃん🦊も良い緩衝剤というか、間をとりもつ役割をしてくれてると思う。
愛らしい容姿に柔らかさ、はっきりと「やめてくださーい」「いじわる言わないでください、ホラ吹きじじい!」とかちゃんと言っちゃうからね。
笑いながらもやめてくれる。かわいいしね。
まぁ喋ってるのは私なんですけど、皆みかんさん🦊やごんちゃん🦊の顔を見て、優しそうに話をしてくれる。
そういう素敵なお友達がいてくれて、私は本当に心強いです。
ありがとうね、おうちにきてくれて本当にありがとうね。
まぁひとまず静かに嫌だったお正月もハイパー穏やかに終わり、なんか中途半端にクソな家族関係も謎に穏やかになれたので、良かったなぁと思う年末年始でした。
今年はなんだか幸先がいい気がするぞ。
ぽんにゃり生きたいな。